国際情勢

周永康氏が、北朝鮮に密告した?張成沢氏が粛清された理由

なぜ、張成沢氏は死亡したのか?

2012年8月13日に中国を訪問した張成沢は、8月17日に人民大会堂で、当時の国家主席・胡錦濤と会談した。(中略)周永康はこの密談の内容を全て盗聴し、それを北朝鮮に密告していたとのこと。

張成沢はこのとき胡錦濤に「金正日の跡継ぎは、金正恩(キム・ジョンウン)ではなく、中国寄りで改革開放を進めるであろう金正男(キム・ジョンナム)にさせるべきだ」と話していた。

引用リンク news.yahoo.co.jp

 

2013年12月8日 張成沢氏死亡

 

周永康氏とは?

周永康(しゅう えいこう)氏は、1942年12月生まれの中国の政治家。中国共産党中央政治局常務委員を経験し、中国共産党の序列第9位だった。

薄熙来氏と親密な関係にあり、共に江沢民派とされる。

しかし、2013年3月に習近平政権が始動すると、習近平主席と江沢民派の対立が激しくなり、習近平政権側は江沢民派を汚職容疑で追い落とし始めた。

周永康氏も、2013年8月に汚職で調査を受け、2015年6月汚職により無期懲役が下された。

周永康氏は、2013年8月以降、自身が汚職の罪で調査されていることを察知し、失脚を避ける方策を考えた。

それが、北朝鮮に「張成沢氏が金正男氏を擁立して新政権樹立を画策している」と密告し、北朝鮮内部の混乱を引き起すことだった。

習近平政権は北朝鮮問題に忙殺され、周永康氏の汚職事件は早期に解決されると予想したのだ。

まとめ

中国の習近平政権と江沢民派の対立が北朝鮮内部に深刻な影響を与えることがある。

周永康氏の金正恩党委任長への密告が、北朝鮮序列2位の張成沢氏の粛清につながった。

金正男氏の死亡も、北朝鮮単独で決定されたのではない。金正恩氏は江沢民派であり、金正男氏は習近平派が保護していた。

つまり、金正男氏の死亡は、少なくとも江沢民派の了解があったと見るべきだ。

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